チェンバロハウス通信

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2007年 08月 19日

シュトックハウゼン講習会(その3 キュルテンの暮らし)

 シュトックハウゼン講習会の会場があるキュルテンは小さな街、というか村である。丘陵地帯になっていて、少し開けた谷間に小さな集落が点在している。役所のある集落には、地方銀行が2つあるものの、郵便局はカメラ屋が兼ねていて、本屋、文具屋、パン屋は各1件、レストランも会場の近くにはギリシア人の経営するピザ屋のみである(10分ぐらい歩くとスーパーと、ファミリーレストランのようなものもある)。周囲は森か牧草地で、牛や馬が草を食んでいる。(泊まっていたホテルのウェブサイトにホテル周辺の風景写真が載っている)
 せっかくの美しい景色なのに、日本の田舎と同じく車社会になっていて、地元の人たちはどこに行くにも車に乗っているようだ。マシューとアンドルースと私はむきになって毎日片道30分の山道を歩いてホテルから会場に通っていたが、散歩好きの人間がたまたまそろったのも、今の世界ではめずらしいことかもしれない。アンドルースはアメリカで郊外を歩いていると、通り行く車がとまって「大丈夫ですか?何か事故にあったのですか?」と尋ねられると言っていた。18、19世紀には散歩は創造的な仕事に欠かせなかったようで、ベートーヴェンもゲーテもワーズワースも散歩人間だったようだが、20世紀でもハイゼンベルクの回想などを読むと、散歩(というかちょっとしたハイキング)がヨーロッパ文化を育んできたことがわかる。(写真は会場へ向かう道から眺めたキュルテン遠景)
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 地元の人々は散歩するより、オートバイをぶっ飛ばす方がよいらしく、休日は猛スピードで山道を飛ばす中年ライダーのラッシュだった。(アンドルースが彼らを見て「中年クライシスがドイツでも流行らしい。」と言ったので、それ以来オートバイの爆音を聞くたびに「中年クライシスの一例」と呼んでいた。)
 ひとつ意外だったのは、夜がやかましいことで深夜1時ぐらいまでポップスやダンスミュージックがどこかから聞えてくることである。それも60年代のポップスを何度もコピーして劣化させたような代物ばかりで、リズム感もハーモニーもメロディーもお世辞にも洗練されているとは言えない。
 ホテルの主人がテレビがきっちりうつることをやたらに自慢していたが、ホテルオーナーの家族はいつもテレビを見ていた。日本の田舎でおなじみの、車とテレビ(ヴィデオ、ゲーム)とポップスの世界のようである。最初のうちは美しい景色に心動くが、10日間過していると、あまりに何もないので、地元の人たちが退屈するのもわからないでもない。
 このような村で、毎年開かれるシュトックハウゼン講習会はそれなりに楽しみにされているようだ。バスやスーパーでも「シュトックハウゼンかい?」と尋ねられる。毎晩のコンサートは一般開放されていて、特に受講者コンサートの日は入場無料なので、多くの村人が集まって、世界各地から集まった音楽家の演奏を楽しんでいた。
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by detousbiens | 2007-08-19 21:19 | シュトックハウゼン


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