チェンバロハウス通信

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2007年 08月 19日

シュトックハウゼン講習会(その2 普遍的精神について)

 前回書いたように、今年のシュトックハウゼン講習会には32カ国から140人ほどの参加者が集った。一人の作曲家の作品をテーマにこれだけの規模の講習会が毎年開かれるというのはまれなことである。自らの音楽技法を積極的に公開するシュトックハウゼンの姿勢は、作曲家、演奏家、音楽学者にはもちろんのこと、さまざまな分野の人にとって創造的な刺激になっており、また、副次的な効果として参加者同士の創造的な交流もあり、一種の「社会人大学」を生み出している。
 今年のシュトックハウゼン講習会の作曲コース(シュトックハウゼン本人による作曲法の講義)のテーマは、24時間をテーマにした連作KLANG(響き)の2時間目にあたるFREUDE(喜び)だった。この曲は2006年の聖霊降臨祭のために作曲されたもので、そのスケッチの第1ページには他のことがらにまじって「バベルの搭の言語の混乱を乗り超える」と書かれている。シュトックハウゼン講習会の会場では、まさにさまざまな言語の話し手が、「普遍的な」セリエルの技法に基づく音楽を媒体に共同体を形作っていた。(なおFREUDE講義についてはKLANG Weblogに詳しい情報がある。)
 シュトックハウゼンの少年時代はナチの時代で、野戦病院で働きながら17歳で敗戦を迎えている。シュトックハウゼンの故郷であり、現在も暮らしているケルン周辺も戦場となった。ケルン駅の構内にある書店では、敗戦当時のケルンの絵葉書や記録映画のDVDが売られていて、石造りの堅牢な街が爆撃と市街戦で破壊されていくさまはすさまじいものである。(写真は1945年のケルン中央駅前)
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 ナチは民族の血のつながりに価値をおいたが、その時代に育ったシュトックハウゼンは一貫して民族を超えた普遍性を追い求めてきた。自民族中心主義や自らの宗教を絶対視する態度が世界のいたるところで勢いづいていることが講習会参加者の間でも話の種になっていたが、シュトックハウゼン講習会はそのような時代の流れに対抗する小さいけれども力強い砦のようだった。
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by detousbiens | 2007-08-19 02:08 | シュトックハウゼン


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