チェンバロハウス通信

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2006年 01月 24日

フランス料理とフランスバロック

 日本人の実践している「西洋音楽」は、西洋音楽と別物になっているのではないか、と高校生の頃から思っていた。その変化が創造的な方向に向かっているのか、それとも、そうでないのか、また、その変化のメカニズムはどのようなものか、この疑問はその頃からの宿題である。
 この主題に関して衝撃をうけた経験のひとつに、パリの街中の小さな老舗レストランで食べたフランス料理がある。それは、日本での「フランス料理」とは全く違って、エネルギーに満ち溢れ、知的に構築され、しかも美的に洗練されていた。日本で食べる「フランス料理」にもおいしいものはたまにあるが、圧倒的なパワーを感じさせられることがなかなかない。感覚的な洗練が前に出すぎて、知性とパワーが前面に出てこない。「日本人の西洋音楽」にも同じことが感じられる。
 もうひとつ、衝撃をうけた経験にフランス人ダンサーの踊るバロックダンスがある。チェンバロのレパートリーの重要な一分野に、17~18世紀のフランスバロック音楽がある。非常に洗練された宮廷音楽で、チェンバロという楽器の響きの美しさをもっとも追求したレパートリーだと思う。この時代の音楽は舞踏(バロックダンス)と密接に関連していて、踊りを知らないとなかなか音楽がみえてこない。バロックダンスは多くの人の努力で復活されているので、どんなものか少しは知っているつもりだったが、そのフランス人のダンサーが踊るのもみて、料理と同じく圧倒的なパワーが基本になっていなければ無に等しいことがよくわかった。
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by detousbiens | 2006-01-24 00:36 | バロック音楽


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